(財)福岡都市科学研究所設立10周年記念事業「未来のふくおか・懸賞文’98」応募作品
テーマ「2025年・私が描く未来のふくおか」
by 薄 俊也 (すすき しゅんや)
 西暦2025年8月31日晴れ
(音声入力による71歳のパソコン日記より)

 今日は近所の子供の遊び声とガラスが割れる音で目を覚ました。外に出てみると、我が家の時代遅れのソーラーパネル瓦が壊れていた。「ごめんなさい。」と数人の子供が、ボールとバットを持って詫びを言いに来た。思えは我々の子供のころは道路が遊び場だった。どのようにして、再び子供たちが車を気にせずに道路で遊べるようになったのか、思い起こして見ることにする。

 まず、2010年、パソコンの演算処理能力は2000年ころに比べ飛躍的に進歩し、ネットワーク化やオープン化も同時に進んだ。2010年ごろは日本においてパソコンの世帯普及率は既に100%になり、インターネットも当り前のものとなっていた。2020年、全世界の株式会社の将来性について、素人でも判断できる指標がインターネットでオープンにされた。それは、その会社が世界経済においてどの程度期待されているか、地球温暖化やオゾン層の破壊などが深刻化する中で地球環境に対していかに貢献しているかなどを客観的に判断するための指標であった。この時点で、いかなる会社も世界中の人々からの投資を得るチャンスを掴んだが、同時にランク付け機関からの厳しいチェックにさらされることになった。

 このころ福岡は在宅勤務が一般化し、営業や商談はすべてテレビ電話やインターネットで済まされていた。家庭においても買い物はテレビ電話やインターネットによる産地直送が多くなり、いつの間にか車を使って出かけることが少なくなっていた。自動車メーカーは、オープン化の下で生き残るために、株主に対して自社の将来展望を絶えず訴え続けなければならなかった。そして、その戦略の一つとして、メーカー各社は、各自治体に、その自治体の特性に応じたユニークな交通システムの構想を提案し続けた。

 その結果、福岡市では無人の電気自動車によるコンビュータ制御のシステムが採用された。そして、乗用車の個人所有は無くなり、原則として日中は住宅地域への車の進入は禁止となった。地下鉄やバス等の公共交通網はすべて整備され、その主要駅や停留所には乗り継ぎ駐車場がつくられた。そこにはコンピュータによる無人の電気自動車(最高時速20km)が配備された。日中は、事前にインターネット等で予約していた利用希望者が、無人の電気自動車に乗って最寄りの駅や停留所の駐車場に行き、そこで公共交通機関に乗り替え目的地へ移動した。一方、夜間は昼間とは逆のルートで郵便物等が各家庭に運搬された。公共交通機関は昼夜利用されることになったので、採算性が非常に良くなった。また、交通事故がほとんどなくなり、幹線道路における交通渋滞も解消され、暴走行為や銀行強盗等の自動車に絡む犯罪も極端に減少した。

 ところで、2020年ごろの子供たちは、幼いころからパソコンで遊び、外で遊ぶことに関心を示さなくなっていた。少子化の上に不登校の子供が増え、学校運営が成り立たなくなり始めていた。そのころ、こんなニュースが話題になった。『福岡市在住の数学に興味を持つある不登校の小学生が、お父さんから買ってもらった新型のパソコンで北京大学の教授に数学の質問をし、それがきっかけで北京大学のテレビ講座で数学を学ぶようになった。』(当時のパソコンは既に音声入力による自動翻訳が可能で、パソコンを通じて他の国の人とも話すことができるようになっていた。)この話が象徴するように学校に行かなくても自分の興味のある学科を自宅で学習することが可能となっていた。そして2025年3月とうとう日本でもボランティア活動等を重視する義務教育へ変わり、大学入試が廃止された。

 試験地獄から開放された子供たちは、学校が終わると道路へ飛び出し、あっという間に道路は近所の子供たちのコミュニケーションの場となっていった。ボランティア活動の中学生と一緒に散歩を楽しんでいるおじいさんが遠くに見える。向こうから孫の手をひいた近所のおばあさんが私に声をかけてきた。「おじいさん、元気ですか。」と。私は何も答えず、うなずいて見せた。子供のころと同じように。

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