ドン・キホーテのごとくとも


radix(ラーディクス)No.27(九州大学全学共通教育広報2001.1.15)
薄 俊也 (susuki shunya)1974年工学部入学

 こんにちは。私は、工学部建築学科出身です。修士課程を経て昭和55年、福岡市役所に建築技術職として入りました。早いもので、もう20年が経ちました。


 ところで、私は専門の建築学以外に学生時代から続けていることがあります。それは、彫刻等の創作活動です。学生時代、建築デザインや都市計画を学んでいて、「美しい建物や都市とは何か。」「それらを人々はどうして美しいと思うのか。」という問いに悩まされました。すなわち、「建物や都市の美的評価基準が存在するのか。」という命題にとりつかれてしまったのです。
 それで、ヘーゲルやスターリンの弁証法を軸にして論理的に考える一方、実践的手法として彫刻を始めました。左の作品は、九大医学部の留学生に協力していただき昭和57年に完成した彫塑です。石膏の上にブロンズ塗装をしています。

 昭和61年から平成元年の4年間、アジア太平洋博覧会協会に所属し、博覧会の会場計画から、パビリオン等の建設および解体まで携わりました。そのころ、日本の景気は異常な伸びを示し、バブル経済へ突入。建物の価値が土地価格の上昇についていけず、新築同然の建物までが崩される不幸な事態が訪れていました。私には、その状況が、たった半年で解体・撤去されていく博覧会の会場やパビリオンの無残な姿と重なって見えました。

 
 その後、ヨーロッパやオーストラリアを旅して、ヨーロッパのように古い建築物群の中で生まれ育った子供たちと、日本のように建物が使い捨てされる中で「ものを大切にしましょう。」と言葉だけの教育を受けて育った子供たちとの差異を意識するようになりました。これを期に、環境と子供たちという新たな視点が私に加わりました。
 左の作品は、廃棄自転車の前輪を風車にして、回転するとタイヤの部分に入っているたくさんの豆粒が卵のパックに当たりザーザーと波の音をたてる「リサイクルアート」です。名づけて「自然からのメッセージ」。子供たちに大人気でした。
平成5年作

 私は、愛宕山の海側で室見川の西側に位置する豊浜団地に30年近く住んでいます。住み始めたころは陸の孤島とよばれ非常に不便なところでしたが、反面通過交通はなく牧歌的風情がありました。しかし、博覧会で室見川に橋がかかり福岡ドームや福岡タワーのあるシーサイドももちとつながるや否や団地周辺には大型店舗が出現しあっという間に交通渋滞地区へと変身しました。
ある朝、雨上がりの車のボンネットに残された何本もの黒い雨跡が、大気汚染の深刻さを物語っているように感じられ、自動車の排ガスを何とかしなければならないと考えるようになりました。それで、たまたま、オーストラリアのソーラーカーレースをテレビで見たとき、クリーンなエネルギーで走る自動車を作ることが自分の使命と感じたのです。
 自動車作りはソーラーパネルを入手することから始めました。最初、ソーラーパネルメーカーに問い合わせても、相手にしてもらえませんでした。単なる冷やかしと思われたようです。また、職場の同僚や友人たちもソーラー電気自動車を作ることなど単なる冗談としか受け取っていなかったようです。そのころの主な部品調達手段は粗大ゴミ置き場から廃棄自転車を拾ってくることでした。私にとってゴミ置き場は宝の山でした。この時期に製作した2台(S−1、S−2)は、まさしく、ゴミから生まれたリサイクル・ソーラー電気自動車でした。

S−1  軽くするために木製とし、オートバイと自動車の中間的なものをねらった。 平成5年作

S−2  木製のシャーシーに草スキー用ソリを加工し取りつけた。 平成8年作

  しかし、平成9年、ゴミ回収のルールが変更され粗大ゴミ置き場はなくなりました。そのためゴミからのリサイクル部品は減少し、その分、製作の費用はかさんでいきました。3作目は購入した新品の車椅子に屋根状のソーラーパネルと二つのモーターを取り付けたソーラー電動・車椅子(S−3)。4作目は新品の電動アシスト自転車をもとにしたソーラー電気自動車(S−4)。そして、現在取り組んでいるのは、ほとんどが新品部品で構成される4輪駆動のソーラー電気自動車(S−5)。この10年間に費やしたお金は、ちょっとした新車が買える額に達しています。

S−3  手動も可能  平成9年作 S−4  モーター2個、自転車にもなる。 平成10年作


 以前タイム誌に、環境問題の観点から、将来、自動車はガソリン車から電気自動車に変わる記事が掲載されていました。そして、そのエネルギーの主流はソーラーではなく燃料電池であるという論調でした。私もそうなると思っています。しかし、現在、燃料電池は素人が入手できる代物ではありません。自分でやれること、それはソーラーパネルを利用した電気自動車作りです。素人でも素人なりの理想のものが具現化されれば、周囲への波紋はあると信じています。アマチュアとして、一人一人が何かしら自分たちのできる範囲で環境を良くしようと努力することが、地球を救う第一歩だと考えています。たとえ、それがドン・キホーテのごとくとも。

 今年の9月、スイスのカーフリー・リゾート地(ガソリン等の燃焼燃料を使う車の乗り入れを禁止している保養地)ツェルマット村を調査してきました。調査の目的は、国から補助金を受けることなく開発と保存を調和させ、持続可能な発展を続けているツェルマット村の政策を,環境、自治、財政、教育の観点から考察し、福岡市政の参考にしようというものです。
 現在、そのレポートを書いていますが、具体的な応用例として、環境問題で話題に上っているアイランドシティを取り上げる予定にしています。機会があれば、この続きをお話したいと思います。それでは、また。

(福岡市役所農林水産局市場建設課)
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