人にやさしい村は地球にもやさしい


radix(ラーディクス)No.29(九州大学全学共通教育広報 2001.6.30)
薄 俊也 (susuki shunya)1974年工学部入学


 みなさん、ご無沙汰しています。前々回のradix−No.27「ドン・キホーテのごとくとも」の最後に触れていました昨年9月に訪問した「国から補助金を受けることなく開発と保存を調和させ、持続可能な発展を続けている」ツェルマット村の環境政策について、自治・財政・教育の観点からお話させていただきます。

ツェルマット(標高1,620m)はスイス連邦のヴァリス州に属し、面積は243.36平方キロメートル、スイスで3番目に大きい自治体です。(福岡市の面積338.29平方キロメートル)イタリア国境に近くマッターホルン(標高4,478m:右写真の三角形の山)の麓に位置し、年間3百万人の観光客が訪れています。ツェルマットは、カーフリー・リゾート(ガソリン等の燃焼燃料を使う車の乗り入れを禁止している保養地)で、ガソリン車で来た観光客は手前の駅テッシュで電車に乗り換えます。言語はスイスドイツ語が使われていますが、その他使われる言葉はスイスの公用語であるフランス語、イタリア語、ローマン語に英語が加わっています。

 スイス連邦は、人口約710万人で、北海道の約半分の国土に3,000以上の自治体(ゲマインデ)があり、人口1万人以上の自治体(全体の約3%)を市、それ以下を村とよび、ツェルマットは、人口5,600人で村とよばれています。

ツェルマットは村中が歩行者天国・・・自治と財政から

 今から7百年ほど前、ちょうどNHKの大河ドラマ「北条時宗」の時代に、スイスでは、神聖ローマ帝国のハプスブルク公国の支配に対抗し、自由と内部秩序をまもるために、三つのアルプスの渓谷共同体が、同盟をむすびました(1291年8月1日)。これがスイス連邦の萌芽となります。谷あいの小規模な共同体(ゲマインデ)が先に存在し、次に、これらがいくつも結びついて州を構成し、その州が主権を留保しながら同盟を結ぶことによって、次第に大きな連邦をかたちづくっていきました。ツェルマット村は1815年のヴァリス州の連邦加盟によりスイスの一員になっています。

 日本が、明治時代、富国強兵策を推し進めていたころ、ツェルマットの村議会は『マッターホルンにロープウェイや登山鉄道を建設するプロジェクト』を否決。村に開発一辺倒から自然環境保護の観点が芽生えます(1890年)。そして、日本が太平洋戦争終戦後、間もないころ、ツェルマットに電気自動車が導入されます(1947年)。地理的条件から元来、ガソリン車が走っていなかったツェルマット村は、1972年及び1986年の2度の住民投票でテッシュからツェルマットまでの州道の建設を拒否。村は「ガソリン車のいない観光地」として発展し、現在では電気自動車は500台を越えています。
住民は、自分の属するゲマインデにおいて、ほとんどの決定に直接参加します。スイスでは、すべての物事に、住民 → 村・市 → 州 → 連邦という流れがあります。

 ツェルマットでは、予算・決算時期の年2回、議会承認後に予算・決算書を村民集会にかけます。昨年度の予算・決算書を見ると、黒字と赤字が一目で分かる棒状グラフ等があり、住民が村の財政状況をしっかりと把握できるよう工夫されています。全収入の半分は税金で、観光事業の伸びにより個人所得税や法人税が増えています。ユニークな税としては、滞在税や犬税などがあり、その他にロープウェイ、鉄道、水利権(氷河の水を売っている)、水力発電所等の財源があります。

自分たちが作ったルール

 ホテルの中庭でマッターホルンを見ながら(左の写真参照)、ブルンネルさん(通訳:著書に「スイスからのメッセージ」)とガブリエル氏(ホテル・メトロポールのオーナー:元ツェルマット村観光局の事務局長)とこんな話をしました。
 「私は日本で建物の紛争調整にかかわる仕事をしたことがあります。その紛争原因の一つに眺望が悪くなるということがありましたが、オーナーがこのホテルを建てたとき、他のホテルからマッターホルンが見えなくなることでクレームはありませんでしたか。また、村役場に苦情をいう人はいませんでしたか。」
〈ガブリエル氏〉
 『このホテルの建設で他のホテルから苦情はなかった。村の建築規則に従ってホテルを建てているので問題はない。』
〈ブルンネルさん〉
 『そんなことで役所に苦情をいう人はいません。』     
 すなわち、自分たちが作ったルールを守っている限り、他人から苦情を言われる筋合いはないのです。
村の規則はホームページ(http://gemeinde.zermatt.ch/)に、収録されています。

ツェルマット村の交通規則

 『村内の道路及び歩道は、原則として歩行者優先であり、ツェルマットを車のない歩行者優先の観光地として保持していくことを目的とする。電気自動車:一定規模以上のホテルやタクシー(左写真参照)等の営業用のみで個人所有は禁止。制限時速:20km以下。車体は、長さ:4m以下、幅:1.4m以下、高さ:1.4m以下で、一般のガソリン車のようにみえてはならない。』             

人の歩く速度に合わせた環境

 私がクローニック氏(ツェルマット村の助役代理)に「環境に関してどんな教育をしておられますか。」と尋ねた時に、クローニック氏は次のように答えられた。
 『いろんな角度で教えています。センシビリティ(感受性)に訴えるかたちで、例えば最近は、自転車が早く走りすぎるのではないかということをテーマに話をしました。いろんな身近なことをテーマに話をします。』
自転車が早いとは環境問題???・・地球温暖化やオゾン層の破壊など地球規模の問題をイメージしていた私はクローニック氏の回答の意味がわからなかった。・・が、翌朝、「環境」とは「身の回りのこと」であることに気がついた。身の回りの問題一つ一つを片付けていけば、何も地球規模の問題にならないと。
 このことを山田氏(ツェルマット在住13年 環境カウンセラー)に話すと、『それは、すなわち人の歩く速度に合わせるということです。』と教えていただいた。住みやすいとは、人に焦点を合わせるということなのです。ツェルマットのように人の歩く速度に合わせた環境は、交通事故や犯罪をなくし、人と人との触れ合う機会を増やし、地域を活性化するのです。

道路の中央で遊んでいる子どもたちをよけて通る電気トラック

環境教育

山田氏の話

『私もツェルマットの先生からよく環境教育について話を聞かせてもらっているのですが、実は特別な内容ではないのです。例えば、切り抜いた円形の紙を半分に折り曲げさせ、その半円に、たくさんの点々を書き入れさせる。次にそれを広げ、点が書かれていない半円について、「まだ半分、残っていると考えますか、それとも半分しか残っていないと考えますか。」と子供たちに問う。この紙が自然だとしたら、次の日は白いところがゼロになるかもしれない。そういう自然の壊れやすさを教えるのです。

 また、ツェルマットの観光客が捨てるゴミを実際に調査し、そこからゴミはどうして出るのかを生徒に教えています。半面、ゴミを落とす観光客が来るからこそ、生活が成り立っていることも子どもたちに教えています。非常にバランスがよい教育です。』

生活に根ざした実践的教育

 スイスは資源がなく18世紀まで傭兵という出稼ぎ兵隊をヨーロッパ各国に派遣し外貨を稼いでいました。スイス人同士が戦うこともありました。そのような辛苦の時代を経て、スイスは「生活から学ぶ」という職業教育に重点を置いたペスタロッチの教育思想のもとに世界で最も優れた教育システムの一つをつくりあげました。一般に義務教育の小・中学校を卒業すると、職業見習を始めるか、高校(ギムナジウム)に行きます。職業見習を終え、連邦試験に合格するとその道のプロとして生活ができます。一方、高校の卒業試験(マトゥーラ)に合格すれば誰でも大学(ただし、入学後の試験は厳しい。)に入学できます。そのため、日本のような受験競争は存在しません。スイスの学歴偏重のない社会で、かつ、人の歩く速度に合わせた環境の中で育つツェルマットの子どもたちは、実に屈託のない表情をしています。


人工島アイランドシティへの応用

 次に、仮の話として、人工島アイランドシティに、下記のスイスの2パターンの政策を応用してみます。 

パターンA:すでにガソリン車が走っている自治体で、ガソリン車を排除する政策
 スイス連邦政府は『2000年のエネルギー』という政策の中で“Co2 のエミッションを2000年に1990年の状態にもどし、その状態を継続していく”ということを基本目的として、イタリア国境に近い人口6,500人の村メンデリシオ(図1参照)をモデルタウンに選び電気自動車のまちづくり(http://www.infovel.ch/)を実行しています。スイス連邦政府の狙いは、メンデリシオの成功が、スイス中に広まり、それが世界中へ拡大していくこと。すなわち、世界への貢献。

パターンB:元来、ガソリン車がなかった自治体で、それを存続させようという政策
 山の上や谷の奥に位置するため、もともとガソリン車が入っていなかった9つの自治体が集まって、1988年に『自動車のいないスイスの観光地連盟』を結成。ツェルマットはその代表的存在です。(図1参照)

 そこで、ツェルマットの生活エリアとほぼ同規模であるアイランドシティの北東部分に、ツェルマットのように人の歩く速度に合わせ身近な問題を住民集会にかけ、持続可能な発展を試みるモデルタウンを私なりにデザインしてみました。その際、ウォルト・ディズニーの思想(私は彼がツェルマットのホテル・ツェルマッターホフの常連客であった事実及び彼の言葉から「シンデレラ城」は、「マッターホルン」という想定をしました。)及び物理的に車が通行できないイタリアの沈みゆく水の都「ベニス」における大学設置による復興計画も参考にしています。

3D−CGのアニメーションの一コマ(注:参照)

1 当地区内の鉄軌道の駅は1つとし、ツェルマット、ディズニーランド及びベニスと同様にメイン・エントランスはここ一か所とする。
2 ガソリン自動車の進入禁止。電気自動車(時速20km以下)は営業用のみ。
3 駅から中央の広場までの間に商業施設を配置し、広場周辺に幼・小・中・高学校を配置する。学校の運動場は広場とつながり、住民も使用できる。
4 エントランスや広場の南北軸線上の最北にシンボルとなる世界中の学生を対象とする環境情報大学(大学入試はないが、中間試験は厳しい)を配置する。
5 中水利用の雨水を溜める運河や池を中央広場の周囲に巡らせ、その外側に電気バスが運行する環状道路を設置。また、周辺の海浜公園には中央広場から放射線状に行くことができる。
6 北側に高層の建物、南側に低層の建物を配置し、屋根や外壁に設置された太陽電池パネルから効率良く太陽エネルギーを吸収する。
7 敷地造成も北から南へとゆるやかに下がる勾配とし、ディスポーザーで処理された生ゴミが効率良く燃料電池発電所へ流れ込むシステムとする。
8 6及び7とともに電力エネルギーの自給自足をねらい風力発電施設も検討する。(下記パース参照)


CG:豊浜団地にツェルマットの電気自動車が走ったら CG:豊浜団地にチューリッヒの電気自動車が走ったら

 人の歩く速度にあわせた環境がアイランドシティにできれば、ツェルマットのように環境・自治・財政・教育等のバランスの重要さを来訪者に、単なる知識ではなく実体験として伝えることができ、それは長期的に見れば地球環境全体にも貢献していくことになると考えています。  ドン・キホーテ

(注:3D−CGとは3次元立体のコンピュータ・グラフィックスという意味ですが、今回それを動画化しています。この手法は、一般の方々ができあがっていない3次元空間を動画の中で疑似体験できるため、建設費がかさむ建物や空間のチェックには特に有効です。前職場の博多座で実証済み)  

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