| スマトラ島沖地震・津波の体験(ランカウイ島にて) | |||
| 2004年12月25日 私、妻、長男、長女の家族4人、タクシーで福岡空港へ向かう。高速道路において、事故による渋滞に会う。 何とか集合時刻9時30分に間に合ったが、旅行代理店より、フライトが1時間遅れと聞かされる。 結局、予定より1時間以上の遅れでクワラルンプールに到着する。 やっとたどり着いた国内線のカウンターで職員から「明朝、ここへ来い。ランカウイ島への飛行機はもうない。」と告げられる。「遅れたのは、そちらの責任だ。」と抗議すると、電動自動車が現れ、飛び立つ寸前の最終便搭乗口まで運んでくれた。 深夜、ホテル(ペランギ・ビーチリゾート・スパ)に着く。 |
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| 2004年12月26日 朝、泊まったコテッジ前で写真を撮る。
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| 午前9時ごろ、屋外ラウンジで朝食を取る。 食事の最中、微妙な振動を感じ、妻に確認する。周囲は気づいていなかった。 |
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| 午前8:58(マレーシア時間)に右図のような大きな地震(マグニチュード9.1〜9.3兵庫県南部地震の約4,000倍)が発生し、津波(高さ平均10m、スマトラ島北部で最大34m)がこちらに向かっていた。出典:TIME | ![]() |
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| 朝食後、子供と海の浅瀬で遊ぶ。 小魚たちが砂浜近くで、陸に向かって数列に整列しているのを発見する。 後で気がついたことだが、小魚は地震で発生した電磁波を極力避けるために、電磁波に対して垂直な姿勢をとっていたと推察される。 海からプール?へ移動 |
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| プールに子供を入れ、プールサイドの長椅子で休憩。 いろんな国の子供達の声が聞こえてくる。 昼食をとろうと、子供をプールから上げる。 |
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| プールサイドの長身の男性が大声を上げながら腕を回し始めた。 プールの子供たちや砂浜から走って来た人々が、叫びながら我々の前を通り過ぎていく。 まるで、映画ジョーズの鮫が現れたシーン・・・。 「これは、ドッキリか?」と妻に問う。 視力の良い妻が、「海面が上がっている。」と叫ぶ。 |
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| 乳濁色の泡がプールを一瞬にして覆い尽くした。 「エバキュエート(避難しろ)」と叫び声が聞こえる。 みんなと同じ方向(ホテル・ロビー?)へ避難する。 ホテル従業員がモンスーンの大雨が原因と客に説明している姿を見る。 ホテル側からロビーも危険との説明があり、エントランス横の建物2階テラス?へ避難する。 |
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| 建物(会議室)2階のテラス?にて、数時間待機。抱き合う親子、子供の泣き声・・・・日本人は我々だけのようだった。ホテル正面の中華レストラン?へ強制移動させられる。 | |||
| 中華レストランのご主人に携帯電話を借り、現地の旅行代理店へ連絡する。 携帯電話、ラジオ等で情報を収集していた英語圏のグループが、ホテルより荷物を撤収し、移動し始めた。そのグループの一人が、「カモン!」と我々に合図をくれた。しかし、我々は旅行代理店を待った。 アイスクリームを食べていると、現地旅行代理店の担当者が到着。彼女はにこやかに「アイスクリームを食べ終わってください。それから、今の状況をご説明しましょう。」と話し、高さ30mの津波がこちらに向かっていることを付け加えた。それを聴くや否や、子供を残し立ち入り禁止のホテルから火事場の馬鹿力で荷物を撤収する。 「津波なんか来るわけがない。」と主張するレストランのご主人に別れを告げ、代理店の方の自家用車でホテル(1)を脱出。 津波を知らない住民が津波を見ようとお祭り騒ぎのように海辺に集まる中、浜辺の丘にあるホテル(2)(シェラトン・ランカウイ)へ移動。 |
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| ホテル(2)の部屋で、第三波の到来予定時刻午後9時を待つ。 部屋のTVは刻々と地震と津波による悲惨な状況を放送。 「30mの津波であれば、このホテルも危ない。」と話すと、長女が泣き出す。 時計が午後9時を告げた。第3波は来なかった。 |
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| 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 インド・オーストラリアプレートとユーラシアプレートがぶつかり合うスンダ海溝(ジャワ海溝)は世界有数の地震多発地帯で、100年〜150年の周期で地震が繰り返されてきている。 地震波は秒速約4km=14400km/h(およそマッハ11)で地球を少なくとも5周したとみられる。 |
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| スマトラ島北西沖からアンダマン・ニコバル諸島にかけてのプレートの境界(ジャワ海溝)が1000?超にもわたる巨大な範囲でずれ、一気にマグニチュード9を超えるエネルギーを解放。 大津波の動画(赤が海面の隆起、青が海面の沈降を表す)(NOAAによる) ベンガル湾内で数度に及ぶ隆起が発生していること、及び、ランカウイ島周辺は沈降はあったものの、奇跡的に海面の隆起は大きくなっかたことが動画によりわかる。 |
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| 津波は、震源の西側(スリランカ、インド、モルディブ、アフリカ諸国など)に対してはジェット機並みのスピード(時速約700km)であったのに対し、震源の東側(タイ、マレーシア、インドネシア、ミャンマーなど)では、比較的遅いスピードで押し寄せた。 各国政府などの発表によれば、死者は翌2005年1月19日までに合計で226,566人。 大津波のアニメーション (赤が海面の隆起、青が海面の沈降を表す)(NOAAによる完全版) |
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| この経験から、地震・津波についての予備知識の普及と津波発生時の正確な情報を逸早く知らせるシステム構築の必要性を強く感じた。 | |||
| by 薄 俊也 (Shunya Susuki) | |||